南仏モンペリエにある「ジャルダン・デ・サンス」は、双子のジャック&ローラン・プルセル兄弟が34年前にオープンしたレストラン。シンプルでヘルシーな地中海料理を、現代的な感覚で仕立てた料理で評価を集めている。そんなプルセル兄弟が日本にオープンした「サンス・エ・サヴール」は、今年20周年の節目。今回のインタビューではプルセル兄弟の料理思想を聞くとともに、日本への思い、そして若手へのメッセージも語ってもらった。
ガラディナーのメニューより(以下同)。「蔵王和牛 バターナッツ南瓜 トリュフのジュ」
「ボストン産本鮪 柘榴 スペルト小麦のチップス」
「フォワグラのヨーグルト仕立て トリュフ クランプル」
「佐賀産黒無花果 洋梨 新米のエキュム」
――ル・ジャルダン・デ・サンスのオープンは34年前に遡ります。その長い歴史の中で、一貫して持ち続けてきた思想や料理のスタイルはどのようなものでしょうか。
インスピレーションが、常に地中海にあるということが一つです。また、野菜や花、アロマのある香草などを多用したナチュラルな料理であることも大切にしてきました。
加えて、店名にある「サンス」つまり感覚も私たちの重要なテーマです。五感に働きかける料理――目で料理の美しさを愛で、一口食べるたびに軽快な歯ごたえと耳でカリッとした音を感じ、口の中では香りが豊かに広がる。そして味を感じ取る。そんな料理を心がけています。
なお、味としては「シュクレ・サレ」、すなわち塩気の中に甘みがある構成は私たちの代名詞です。酸味も、私たちの好きなテーマ。その効果的な使い方に気を配っています。
――プルセルさんのベースは、どのような事柄で成り立っていますか。
第一に挙げられるのは、修業の過程で出会った偉大な師匠たちからの教えです。ジョエル・ロブション、アラン・シャペル、ピエール・ガニエールといったフランス料理の歴史を塗り替えたグランシェフのもとで学ぶことができたのは、非常に幸運だったと思います。
二つ目に挙げたいのが、私たちの料理の根底には「旅」があるということ。地中海からインスピレーションを受けているということは、イタリア、スペイン、モロッコ、レバノンといった、この海を囲む国からの影響もあるということを意味します。そうした多彩な要素から独自のスタイルを生み出してきました。
そして、私たち兄弟にDNAには、母と祖母の料理があります。決して裕福な家庭ではありませんでしたが、料理はいつも大切にされていました――食卓にはおいしいものが準備され、南仏の典型的な家庭料理がいつも並んでいたのです。これも、我々の重要なルーツです。
さらに言えば、家族でテーブルを囲んで料理を共有する、皆で楽しむという体験もベースになっています。みんなで楽しむ、シンプルだけれどもおいしい、地中海の素材を使った料理。それが「プルセル・キュイジーヌ」です。
――昨年(2021年)、歴史的建造物を用いたホテルの中にレストランをオープンなさいました。そちらでも、今までの思想や料理スタイルを継承していますか?
実はある意味、まったく新しい考え方でこの店には臨んでいます。サービスも、食器選びも刷新しました。以前の「ジャルダン・デ・サンス」はモダンな空間でしたが、今回は歴史的建造物です。その優雅な雰囲気が、私たちの店づくりに影響を与えているのです。
料理も進化しました。今までのコンセプトは継承しつつ、現代に適合させています。これからは野菜と魚を中心とした、よりヘルシーで食材そのものを感じるシンプルな内容をめざします。
もともと地中海の料理は肉より魚を重視するものですが、その傾向をさらに強めていく予定です。もちろん肉も提供しますが、少量に。そして野菜をもっと。自然思考の強いレストランと言えるでしょう。また食材重視の流れを汲み、近くの漁港や養鶏場、農家の方々とのパートナーシップも強化しました。
フランス・モンペリエ、17世紀に市庁舎として使われていた歴史的な建物をリノベーションした「ロテル・リシェ・ドゥ・ベルヴァル」。その館内に「ル・ジャルダン・デ・サンス」がある。
――プルセルさんが考えるフランス料理の歴史についてお聞かせください。まず、フランス料理のここ10年ほどの変化をどのように見ていらっしゃいますか?
フランス料理は長らくガストロノミーの世界の主導権を握っていましたが、10〜15年前に大きな革命がありました。それはスペインのフェラン・アドリア氏の「エル・ブジ」からはじまった波。科学的な料理、具体的に言うとエスプーマやさまざまな食感を作る多彩な凝固剤の活用といった特徴を持つ料理の波が広がったのです。この革命は、フランス料理にも変化をもたらしました。
その後、北欧から、よりナチュラルな素材使いをモットーとする料理が発信されるようになったのが10年くらい前のこと。
これらの期間のフランス料理は、正直言って遅れをとっていたと思います。しかし4〜5年前からフランス料理は再びガストロノミーのリーダー的な存在として復活したと感じています。その背景にはシェフたちの世代交代がありました。
「AM」(マルセイユ、2021年から三ツ星)のアレクサンドル・マツィア、「ウストー・ド・ボーマニエール」(ボー・ド・プロヴァンス、2020年から三ツ星)のグレン・ヴィエルら若手シェフが、少しホコリをかぶっていたフランスの料理をきれいにしてくれたのです。新世代がよりカラフルで、より味わい深い料理をどんどん生み出すことで、フランス料理を世界の舞台の第一線に戻しました。
――フランス料理の未来はどのようなものになるとお考えですか。
より野菜が重視される内容になるでしょう。野菜、フルーツ、花を中心とした料理が今の大きなトレンドです。よりヘルシー、軽やかなものが求められるでしょう。お客さまの健康志向が高まり、皆さん、食べるものに注意を払うようになりましたから。
そして、先ほど私たちの例でも触れましたが、これからは地域の小規模な生産者が作った食材を使う流れも加速すると思います。それが今後のフランス料理ではないでしょうか。
「サンス・エ・サヴール」にて。ローラン・プルセルシェフと鴨田猛シェフ。
――プルセルさんと日本の関わりについて教えてください。丸の内に「サンス・エ・サヴール」をオープンしてから、今年で実に20年になります。オープン当初の目標はどのようなものでしたか。
20年前、日本に店をオープンしたのは私たちにとって大きなチャンスでした。なぜなら私たちは日本の文化が大好きだからです。食材はすばらしく、そうした食材を使って料理を作ることは楽しみであると同時に、常に勉強になります。
一方、私たちがこの店で実現したかったのは、私たちの料理を通して南仏を感じていただくこと。日本の人は旅が大好きですから、きっと気に入ってくれると思いました。また南仏を感じていただくには、この地のワインも欠かせません。南仏ワインを紹介するということも、私たちのチャレンジでした。
――この20年間「サンス・エ・サヴール」を続けることで、どのようなものを得ましたか。
なんと言っても、素晴らしいチームとの出会いです。私たちがお客さまに伝えたいメッセージを敏感にキャッチし、鴨田シェフ率いるチームがそれに基づき、情熱を持って仕事に臨んでくれます。これができるのは、メッセージや情熱を常に「共有」することの大切さを皆で理解しているから。この感覚は20年間ブレることがなく、これからも変わらないはずです。
また、私たちの料理に共感してくださるお客さまを多く得られたことも大きな喜びです。何よりわれわれが20年間もここで店を続けていることが、お客さまからの支持を象徴しているといえるでしょう。
チーム、そしてお客さまと、プルセルの料理哲学、味、情熱を共有できている。そのことが、最大の財産です。
――日本のフランス料理全般について、どのような印象をお持ちですか。
日本で、日本人が作るフランス料理を堪能できるというのはすばらしいことです。日本でフランス料理に取り組んでいるシェフの多くは実にクリエイティブで、常に革新的。フランス料理のコードを覆すことを恐れません。彼らはまさに、自分達の存在意義を追求し、獲得していると思います。
「フランスで学んだけれど、われわれは日本人」ということに誇りを持って進んでいる。その独自性に敬意を表します。
――今回は、どのような目的を持って来日なさいましたか。
コロナの影響で、3年ぶりの来日になりました。今までは年に2回来ていたので、本当に早く日本に行きたいという思いを強く持っていたのです。そして何よりも、チームと一緒に料理の時間を共有したかった。それが一番の目的です。
また、今回の20周年のガラディナーの目的の一つは、フランスの「ル・ジャルダン・デ・サンス」の新しいメニューを紹介することでした。日本のお客さまに「私はここに存在しています、新しいものを紹介します」と伝えたかったのです。
鴨田シェフはそのことをよく理解し、一緒にメニューを考えてくれました。そして、私が大好きなチームもそれを共有しています。そうした彼らから活力とモチベーションを受け取り、フランスの持って帰りたいと思っています。
最先端を表すひと皿はこちら。ガラディナーでも提供された「羅臼産鰈 真蛸のコンフィ アーティチョーク 花ズッキーニ」
――今回作っていただいた「私の最先端を表す一皿」について教えてください。
私たちの料理のベースになっている「地中海」、「海の幸」、そこに「新しい技術」を取り入れた料理です。今回の料理ではウニのフォンダンや海老のエスプーマなど、味わいの発見があると思います。
私たち兄弟のテーマとして常にあるのは、「クリエイション」。この仕事は常に進化でき、創造できることが最大の幸せだと思っています。
――次世代を担う料理人たちにメッセージをいただけますか。まずは、修業をはじめたばかりの若い料理人に向けてお願いします。
料理人というのは、大変な職業です。ただし情熱を持ってすれば、必ず道は開けると思います。時間はかかると思いますが、忍耐強く続けることが一番重要なのではないかと思います。
当然、犠牲も払います。若い頃は厨房にいるより友達を遊ぶ方が楽しいでしょうからね。私も14歳で修業をはじめて大変な時がありました。でも、料理への情熱――同じ情熱を持った人との出会いがあったから乗り越えることができたのです。
情熱は伝わります。情熱的な人と出会うことでその情熱が私に伝わり、それを今度は私が誰かに伝えていく。情熱の共有というのが、この職業ならではの魅力だと思います。
――では次に、ミッドキャリアを担う料理人へのメッセージをお願いします。
とにかく諦めないこと、進み続けることです。そして旅をして世界を見てほしいですね。そこでインスピレーションを探ってほしい。そして何よりも、毎朝起きて、この仕事をやりたいというモチベーションを保っていてください。
また、若手への伝承というのはこの職業ならではの魅力。常に若手と対話し、最終的には一緒に卓越したすばらしいものに到達する。そうした共通の目標を持てるよう導いてください。
なおこれは若手にもミッドキャリアの人にも伝えたいのですが、料理人というのは実に魅力的で、大きなチャンスがある職業です。さまざまな人との出会いがあるし、旅もできます。実際、私はこうして今東京にいるわけです。
もし人生をやり直せるとしても、同じ人生を送りたいですね。料理人になることに背中を押してくれた両親には感謝しきれません。
――貴重なメッセージをいただきました。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
フランス万歳、日本万歳、そしておいしい料理に万歳(笑)!
取材日 2022年9月
取材・文 | 柴田泉 |
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写真 | 小沼祐介 |
編集・構成 | 料理王国編集部 |
Chef Profile
Laurent Pourcel ローラン・プルセル
1965年生まれ南仏、モンペリエ生まれ。14歳の頃から料理に興味を持ち、双子の兄ジャックとともに料理人の道へ入る。ミッシェル・ブラス、アラン・シャペル、ミッシェル・トラマ、ピエール・ガニエールなどの元で学び、ジャックとともに1988年、弱冠23歳にして【ル・ジャルダン・デ・サンス】を開業。10年後三つ星として掲載される。その後日本、スリランカ、ベトナムなどに自身の店をオープン。世界に”プルセル・キュイジーヌ”のファンをつくっている。2021年7月、本店をモンペリエ市内の5つ星ホテル「Hotel Richer de Belleval(ホテル リッシェ・ドゥ・ベルヴァル)」内に移転。すぐさま、フランスの「LE GUIDE MICHELIN 2022」で一つ星として掲載され、「Gault & Millau 2021」ではトロフィーを受賞。